松川だるま・仙台張子 〈本郷だるま屋〉 宮城県

宮城県に古くから伝わる仙台張子は、江戸時代に伊達藩の藩士、松川豊之進によって創始したと伝えられています。
本郷だるま屋では、初代である本郷久三郎さんが松川氏に師事し、現在も受け継がれています。
仙台張子の中でも、特に有名な松川だるまは鮮やかな青い色をしており、無病息災、家内安全を見守ってくれます。

首振り仙台張子 〈たかはしはしめ工房〉 宮城県

首振り仙台張子を制作するたかはしはしめ工房は、1958年にたかはしはしめさんによって活動が始められました。現在は二代目の高橋昭倫さんが制作をしています。たかはしはしめ工房の仙台張子は、すべて一枚一枚染められた、手漉きの和紙を使用しているそうです。丁寧に貼られた和紙の質感と、動物の首がゆらゆら揺れる姿には、素朴な可愛らしさがあります。

三春張子1 〈橋本広司〉 福島県

三春人形は福島県高柴村で生まれました。遠く戦国時代三春城主田村氏の四天王の一人で、橋本刑部という武将の一族であった橋本家の祖先が、元禄年間、武士を離れて帰農し、恵比寿、大黒屋の屋号で信仰、縁起物などの土人形作りをはじめたのが起こりだとされます。
その後、この土人形から、立体感などの表現が可能な和紙を用いる張子人形へと発展改良されたのです。今でも、巧みなノミさばきによる絶妙な古木型の逸品が数多く残されており、古人形の復元製作への努力が続けられています。

三春張子2 〈橋本恵市〉 福島県

三春人形は福島県高柴村で生まれました。遠く戦国時代三春城主田村氏の四天王の一人で、橋本刑部という武将の一族であった橋本家の祖先が、元禄年間、武士を離れて帰農し、恵比寿、大黒屋の屋号で信仰、縁起物などの土人形作りをはじめたのが起こりだとされます。
その後、この土人形から、立体感などの表現が可能な和紙を用いる張子人形へと発展改良されたのです。今でも、巧みなノミさばきによる絶妙な古木型の逸品が数多く残されており、古人形の復元製作への努力が続けられています。

会津張子・赤べこ 〈荒井工芸所〉 福島県

山形張子 〈岩城人形店〉 山形県

山形張子のはじまりは、京都から山形へ移り住んだ渋江長四郎さんが作る「渋江人形」と呼ばれる練り物でした。
その渋江人形も二代目渋江彦吉さんが亡くなられた際に廃絶したかに思われましたが、彦吉さんの元で弟子として約30年に渡って修行した岩城徳次郎さんが、岩城人形店を開き、山形張子として技術を継承しました。
現在は徳次郎さんのひ孫にあたる勇二さんが後を継ぎ、作り続けています。

黄ぶな 〈ふくべ洞〉 栃木県

ふくべ細工は、栃木県宇都宮市の伝統民芸品です。昔、天然痘が流行った頃、村民が大きな黄色のふなを釣り上げました。それを病人に与えたところ、病気が治ったことから、病気よけとして毎年新年に神にそなえる様になりました。

招き猫 〈ねこ屋〉 群馬県

養蚕県である群馬県の土地柄から蚕の大敵である家鼠の退治を願って猫は大切にされ、養蚕農家には猫絵が喜ばれていました。
そんな中、当時から生産されていた福だるまの製造方法である張子で猫を作り、鼠よけに飾っていたものがいつしか豊蚕を願う縁起物として流行し、そこから商売繁盛や千客万来などの願いが込められて作られるようになり、現在に至っています。
招き猫の姿には2種類あり、右手を挙げているものは「福、お金」を招き、左手を挙げているものは「人、お客」を招くといわれています。

春日部張子 〈春日部張子人形店〉 埼玉県

春日部張子は埼玉の春日部市にある伝統工芸です。天保時代より埼玉地方に伝わっている木型と技法を受け継いだ五十嵐健二が昭和42年より、春日部市に於いてその流れを汲みつつ独自の色を出しながら製作を始めたのが、春日部張子の始まりです。
代々受け継がれてきた郷土玩具である張り子人形をベースとしながら、そのほか土・木材・和紙という自然の素材を用いて製作をしています。伝統のみに拘らず、そこから時代に即し独自色を出しているという点において新しく生まれ変わっている伝統工芸といえます。

川越だるま 〈矢嶋美夏〉 埼玉県

川越だるまを製作する矢嶋さんは、30代の若い職人さんです。
明治後期より続いていた地元の川越だるまが廃絶のピンチだと知った矢嶋さんは、川越だるまを代々つくっていた続木家の三代目徳一さんに師事し型を譲り受け、後継者として見事に復活させました。

佐原張子 〈鎌田芳朗〉 千葉県

佐原張子を製作する鎌田芳朗さんは、19歳の頃に祖父に弟子入りして技術を受け継ぎ、60年以上経った現在も作り続けています。
鎌田さんの製作した「餅つきうさぎ」は、平成11年の年賀切手にも選ばれました。

江戸犬張子 〈いせ辰〉 東京都

犬張子は遠く平安時代(800年)に、産室の魔除けとして和紙の張り抜きで作られていました。犬は常に安産をするというので、ご婚礼の道具に張子を加えた地方もあったようです。戦後このような風習も消えていくとともに商う店もなくなりましたが、昭和47年、五代に渡り伝承された“い々田型の「江戸犬張子」”が復活いたしました。
最近では出産祝いだけでなく結婚、新築、開店などのお祝いにも贈り物として広く喜ばれています。

浜松張子 〈鈴木伸江〉 静岡県

静岡県浜松市で誕生した浜松張子は、明治初期から江戸の技術を生かして制作されてきました。
先代が亡くなったのち、息子の永智さん、その妹の志乃さんと受け継がれましたが、第二次世界大戦の影響で木型が全て焼失してしまいました。しかし、志乃さんの多大なる努力により、廃絶の危機に面していた浜松張子は見事な復活を遂げました。
志乃さんの制作していた鮮やかな色彩と女性的な形をもつ浜松張子は、志乃さんの息子さんのお嫁さんである加代子さんが次の代を継ぎ、
現在は加代子さんの娘さんである鈴木伸江さんが制作をしています。
動物の張子の両側に車輪の付いた「ころがし」や、顔の形が特徴的な犬張子は、浜松張子の歴史の中でも古くから作られ続けてきました。

紙塑人形 〈五箇山和紙〉 富山県

紙塑とは和紙の繊維を煮溶かして、糊、胡粉などを加え、良くかき混ぜて作った粘土状の材料のことです。
その昔、五箇山平地で作った中折紙が越中をおさめていた前田利長公に贈られたという記録があり、
以来、加賀藩のもと発展し、五箇山も良質製紙の産地として今日に至っています。

神戸須磨張り子 〈吉岡武徳〉 兵庫県

須磨張り子は1984年に吉岡武徳さんがご自宅のある須磨で作り始めた、まだ比較的新しい張り子です。
独特な曲線で作られた柔らかな形や表情が可愛らしく、軽やかでとてもユーモアに満ちています。
古部の元町山手の六甲山のふもとに工房と展示場を兼ねた「須磨張り子館」があります。

道楽かん工房 〈眞鍋芳生〉 岡山県

岡山県倉敷市、かん工房・真鍋芳生さんの張子は、一見、「張子」だとは思えないほど、表面に気泡の跡も無く、滑らかでしっとりとしたような質感が特徴的です。お話を伺ったところ、江戸時代の質を意識して、胡粉、膠、顔料、岡山県の重要文化財の備中和紙と材料から技術まで一切、手を抜かず、徹底的にクオリティを追求されています。アトリエガングにも明治時代の張子がありますが、質感がとても似ています。もしかすると日本一こだわりを持った職人さんかもしれません。

宮島張り子 〈宮島民芸工房〉 広島県

宮島張り子は1975年頃から作られています。通常の張り子は木型の外側に和紙を貼って成形しますが、宮島張り子では石膏型の内側に和紙を貼付けていきます。そのため独特な美しいシルエットが出来上がります。形状に加えて特徴的なのが色調と装飾模様で、他に類を見ない鮮やかな組合せの色調です。そしてそれに呼応する独創的で非常に楽しげな装飾文様が、張り子に躍動感を与えています。

鯨車張子 〈土佐民芸社〉 高知県

かつて土佐は、紀州と並ぶ捕鯨の中心地でした。室戸地方の漁師が出漁よりの帰途、久しく会っていない故郷の妻や子供への土産品として、漁師自身が作ったもので現在のように商品ではありませんでした。このように、およそ100年前までは漁師等によって作られた子供達のおもちゃであったようです。
また、鯨舟の舷側には捕鯨任務の区別や等級を表す色柄模様が描かれており、決して思いつきや華美な装飾の為に筆をとられたのではなく本物の臨場感を玩具に映しているものなのです。

土佐和紙漆喰張子 〈土佐民芸社〉 高知県

手すきの「楮紙」や「雁皮紙」などの土佐和紙でできた張子に、土佐漆喰を用いた「漆喰絵具」で彩色してあります。鮮やかな色味のものが多い張子玩具において、この土佐和紙漆喰張子の落ち着いた色味は独特です。
張子の中には無患子(むくろじ)の木の実が1個入っていて、振るとカラカラと心地よい音がします。無患子は、羽子板の羽の軸にも使われる黒くて堅い実です。患うこと無く健やかに過ごせることを願って、張子の中に入れられています。

琉球張子 〈玩具ロードワークス〉 沖縄県

沖縄の張子玩具は昔、ユッカヌヒー(旧暦の5月4日)のお祭りでの玩具市で売られていたことが有名です。ユッカヌヒーは今で言う「子供の日」で、我が子が元気に育つようにとの願いを込め、親が買い与える縁起物として親しまれていました。 古典的な張子は中国からの影響も大きく、絵柄や色使いに多くみられます。現代をモチーフにした創作張子も印象的です。 代表的なものに、「タワチーオーラセー」(闘鶏)、「ちんちん馬グァ」「ウッチリクブサー」(起き上がり小法師)等があります。

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